電子書籍の価格設定で談合の疑いありと、米司法省がアップルと大手出版社5社を提訴した。アップルがiPad発売にあたり、それまでアマゾンがほぼ独占していた電子書籍市場を奪うため、出版社に有利な条件を与えたのは有名な話だ。そんなものかと思っていた。だから独禁法違反でアップルが訴えられたのはちょっと驚きだ。
もともと2007年にアマゾンがはじめた電子書籍販売は一冊たったの$9.99以下が売り物だった。新刊でハードカバーなら$25~35くらいが定価だが、どこでもセールをしているから、ベストセラーの売値はこの70%前後だ。電子書籍を読むには専用リーダーKindleを購入せねばならないが、それでも一冊$9.99のプライスは魅力的だ。これが電子書籍の読者を増やすことになった。
アップルのiPad発売は2010年だ。iPadはタブレットコンピュータだから、読書は数ある機能のひとつに過ぎない。市場参入にあたりアマゾンの価格設定を踏襲する手もあったが、スチィーブ・ジョブズ氏はそう考えなかった。競合するアマゾンの電子書籍ビジネスを一挙に叩き潰そうとした。先ず大手出版社に対し、$12.99〜$14.99に設定しようと呼びかけた。さらに自社の取り分が30%なら、価格決定は出版社に一任するとも申し出た。但し、アマゾンなど他社に安く売らせたら即刻取引停止だと条件をつけた。
喜んだのは出版社だ。幾ら印刷代や配送代がなくても一冊$9.99では利益が薄い。よし、それなら、と出版社が次々とアップル社に乗り換え、アマゾンに対する供給を止めてしまった。最終的にアマゾンも$12.99に値上げして販売継続することになったが、価格的魅力が薄れて客が離れ、iPadの爆発的人気の影でKindleまで売れなくなった。アマゾンは悔し涙を流して司法省に捻じ込んだと噂されている。
何が談合だ、もともと電子書籍業界における独占的立場を利用して、不当な安値販売をしたアマゾンが悪いではないか、と云うのがアップルの主張らしいが、まだ訴訟に対する同社の正式見解は出ていない。ジョブズ氏が生きていれば多くのファンを味方につけ、大々的にセンセーショナルな反論をしたと思うが、果たしてカリスマなき現経営陣はどんな対応をするのか。
独禁法に照らせば、談合のよる価格拘束で消費者利益が損なわれたことが最大の問題だが、将来の書籍出版ビジネスの姿が裁判を通じ見えてくるだろう。アマゾンが提唱した価格破壊の裏には、書き手と読み手がネットを介在して直接繋がる思想がある。出版業界や如何に生き残りの道を探るか。新しい流通インフラを構築するIT企業が如何に書籍ビジネスを展開するか。興味は尽きない。
翻って、わが国の出版業界は現在に至るも悪名高き再販制度を維持する古い体質だ。不当に価格を吊り上げることで、大きな消費者利益が失われているように思うが、なぜか国民が怒り狂わないし、公正取引委員会が動く様子もない。日本でもアマゾンが人気と聞くが、電子書籍や紙の書籍の価格はどうなっているのだろう。インターネットで自由にモノが売買出来る時代に、再販制度による価格拘束と云うのもヘンな話だ。
外資も含めて、いろいろな企業がどんどん市場に参入し競争すれば、あらゆる業界で新陳代謝が進む。新しいサービスも登場して生活が豊かになり、選択肢が増えて価格も下がり、消費者が得をする。わが国の経済に停滞感が漂うのは、自由競争が不足しているからだ。競争の過程で企業間の談合だってあるかも知れないが、おかしいと思えば訴えればいい。そのために裁判所はあるのだ。どんどん競争を促進して経済活性化に繋げたい。