オバマ大統領が当初、米韓FTAに反対していたのは有名な話だ。2008年、同氏が米民主党の大統領候補として登場した頃、当時のブッシュ大統領に公開書簡を送りつけ、問題のある協定内容ゆえ議会に対する批准案上程を見合わせろと主張した。米韓FTAは貿易拡大に繋がらず、単に雇用の悪化を招くだけで労働者にとって何らメリットなしと断じて、労働組合から拍手喝采を浴びた。選挙向けアピールの意味合いもあったろうが、額に汗する労働者の味方だと云うポーズが新鮮だった。
ところがこのポーズは大統領就任後、僅か2年しかもたなかった。2010年の中間選挙で歴史的な大敗を喫し、再選のチャンスが薄くなったオバマ大統領は悟ったのだ。労働者に媚びても景気は上向かないし、株価も下がる一方だ。票も伸びない。よっし、アメリカを代表する大企業に選挙協力をお願いするしかない。企業に儲けさせて景気回復に繋げよう。そうすりゃまだまだ俺にも二期目が狙える筈だ。変身だ。チェーンジ!
と云ったかどうか知らないが、腹が決まれば話は早い。早速、代表的な大手企業各社に頭を下げた。アメリカの大手は世界市場を相手にする多国籍企業ばかりだ。彼らの云うことは実に分かり易い。政府主導で他国の市場を開放させろ、コレに尽きる。わかりました、そう云って棚晒しになっていた韓国、コロンビア、パナマとのFTA締結を急遽推進し出した。多国籍企業が背後にいるため、協定は一方的に自国だけが優位な内容だが、所詮、相手は弱小国だ。ゴリ押ししちまえ、そんな感じが否めない。
既に当ブログでも触れたが、多くの識者が指摘しているとおり、米韓FTAは典型的な不平等条約だ。常にアメリカは最恵国待遇を得る。自動車の売上が落ちたらアメリカのみ関税を復活出来る。韓国の政策によりアメリカ企業が損失を出したら、米国内で訴訟出来る。韓国の法律は無視して、米企業にはあくまでもアメリカの法律だけが適用される。これじゃ韓国はアメリカの経済植民地だ。協定の中身を理解したら、果たして韓国議会が承認するのか、疑問に思わざるを得ない。詳しくは知らないが、たぶんコロンビアもパナマも、アメリカとの力関係から察して相当な不平等条約だろう。
さて、アメリカでTPPに期待する勢力はずばり、US Business Coalition for TPP。その名のとおり、TPP推進のための米国企業連合だ。この組織による大統領への公開書簡(リンク)に明らかなとおり、TPP参加国から貿易を妨げる全ての障壁を撤廃し、地域の経済成長を促進せよと主張する。分かり易く云えば、俺達が好き勝手にビジネスが出来る環境をどしどし作れよと云う意味だ。そう露骨には云わないが、米韓FTAみたいな枠組みを広げよ、と政府にプレッシャーをかけている。今、日本に声をかけてます、大統領はきっとそう云うだろう。しっかりやれよ、何事も押しが大切だ、企業連合側はハッパをかけているに違いない。
では、多くのアメリカ国民はどう思っているのか。実は全く関心がない。TPPなんぞメディアも報じないから誰も知らない。それでも米韓FTAをはじめ自由貿易協定に反対している人たちが大勢いる。雇用機会を奪われるかも知れない、安くて質の悪い農産物が流入するかも知れない、そんな不安があるからだ。1994年に締結した北米自由貿易協定NAFTAの廃止を求める声もある。労働界はNAFTAによって100万人以上の雇用が失われたと非難するし、畜産農家はメキシコ経由で中南米から安価な毒入り牛肉が輸入されていると嘆く。
ちなみにアメリカ経済の輸出依存度は日本の10%よりさらに低く、6%くらいしかない。大多数のアメリカ人にとって輸出ビジネスは無関係なのだ。仮に企業連合の希望通り、オバマ大統領がわが国をTPPに参加させたとしても、それが再選の切り札にはならない。企業群が多大の利益を上げ、景気回復が誰の目にも明らかになれば話は別だが、来年の大統領選挙まで1年しかないし、別に票には結びつきそうもない。せいぜいオバマ民主党に対する企業献金が増えるくらいが関の山だ。