2012年11月14日

残虐な支那を糾弾し、チベットの民を救う!

1949年、中華人民共和国建国と共に始まったチベット侵略で、支那軍は鬼畜のごとき悪逆非道の限りを尽くしきた。相手が殺生を禁じる敬虔な仏教国であることをコレ幸いと、無抵抗のチベット人たちの首や腕を切り落として嬲り殺し、女性であれば幼女や老婆も含め見境なく強姦した。

 

亡命政府の発表によれば、1950〜84年に亘る支那のチベット人虐待・虐殺の被害者数は驚くなかれ、120万人。何がそんなに憎いのか、それだけ殺しても支那のチベット苛めは止まらない。自治区として中共に組み入れ、チベット人から言語を奪い文化を圧殺し、さらには強制堕胎と不妊手術と漢民族との混血化によって、血を根絶やしする民族浄化を進めてきた。

 

頻発するチベット人の反乱は、圧倒的な武力で弾圧した。武器を持たぬ僧侶のデモ行進でさえ、皆殺しの対象にした。焼身自殺を遂げる僧侶たちは、自らが仏教的な平和主義や無抵抗主義を唱えたがため、国や民族のアイデンティティを失った愚かさを噛み締めてはいるだろうが、決して自暴自棄になっているワケじゃない。自分の身を焼いて死ぬしか、抗議の方法が残されていないのだ。

 

この支那の残虐な人権侵害に対し、国連は形だけの批判をするものの、それ以上のアクションは取らない。方や、支那は国内問題だと開き直り、チベット亡命政府やダライ・ラマ師、その支援者を反国家的な分裂主義者だと口汚く非難する。チベット人のみならず、東トルキスタンなど漢民族の圧政下で辛酸を舐める少数民族の人々は、絶望の日々を送っている。

 

 

 

 

自らの抵抗を封じられた彼らにとって、唯一の望みは、国際社会が悲惨な状況を直視し、支那政府を糾弾することだ。アジアの盟主たるわが国は、憎い支那により人権も文化も子孫をも奪われた悲劇の民族を救い出さねばならない。今回、ダライ・ラマ猊下にわが国会で講演頂き、彼ら少数民族に、僅かでも勇気や希望を与えることが出来たとすれば嬉しい。

 

安倍総裁が、講演後のダライ・ラマ猊下から賜った白いスカーフには、全ての日本国民に対するお気持ちが宿っている筈だ。わが国に対する友情や信頼と共に、チベット解放への期待が込められているに違いない。振り返れば、大東亜戦争はアジアの民族を西欧列強の圧政下から救い出す聖戦だった。今一度、アジアの人々の幸せな未来のために働きたい。

 

 

 

 

 

posted by yohkan at 12:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 支那中共 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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