2013年07月17日

生き証人の四十九日も待たずに噓をつく菅直人!

支那や朝鮮が非難する南京大虐殺や靖国参拝や慰安婦は、実は戦後何十年もの間、誰も取り上げぬ話題だった。日本軍の蛮行なら、敗戦と同時に激しく糾弾される筈だが、それらしい動きはなかった。南京大虐殺は東京裁判意における罪状のひとつだが、あまりの荒唐無稽さ故か、原告の連合国側も被告の日本も法廷以外の場で論じた形跡がない。

 

これらの話題が新聞やテレビに登場して、一般に認識が広まったのは、せいぜい80年代後半か。大きな政治外交問題になったのは90年代以降だ。さらに、欧米を巻き込む反日プロパガンダに発展したのは、21世紀に入ってからだ。

 

実際、80年代半ばまでは、南京陥落と云えば日本軍の堂々たる入城行進のイメージがあったし、首相以下閣僚全員の靖国参拝は終戦の日の風物詩だったし、慰安婦と呼ぶ戦地売春婦は、スケベなオジさんたちがでへへへと照れ笑いを浮かべながら語る、若き兵隊時代の思い出だった。

 

では、なぜ戦後40年を経た時点で様相が変わったのか。やはり真実を知る戦中世代が次々と社会の一線を退き、発言力が低下したからだろう。さらに年配者が続々と鬼籍に入る。嘘を見破る戦前・戦中世代が少なくなったのを好機と見て、敵勢力は強請りたかりの材料にした感が強い。

 

自らの主張が無根拠な捏造だからこそ、相手が死ぬのを待って攻撃を仕掛ける。何と卑怯で忌まわしい遣り方だろうと呆れるが、特亜であればそれも致し方ない。わが国の元首相が同じ真似をするのを見て仰天した。

 

福島第一における原発事故の生き証人、吉田元所長が亡くなった途端、自分は注水停止を命じていないと、名誉毀損で安倍総理を訴えた菅直人。何と非道な男なのだ。政府の事故調査報告書にすら「菅総理の了解を得られなかったため、19時25分ごろ、吉田所長に対し、官邸で検討中であることを理由に、海水注入を待つよう指示し・・・」とあるではないか。

 

 

 

 

ふと気付けば、吉田元所長の逝去から四十九日も過ぎていない。真実を知るご本人にすれば、これでは無念で成仏できないだろう。菅直人の背中に取り付いて、首を締めたい気持になる筈だ。ご遠慮なさらず、ぐぐぐっとやって頂きたい。

 

 

 

 

 

 

posted by yohkan at 12:34| Comment(0) | 原発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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