2021年12月24日

「善き牧者」への祈り

クリスマスに相応しい話をしよう。イエス・キリストは自らを「善き牧者」と呼んだ。彷徨える羊を導き、守り、慈しむ羊飼いを意味する聖書の言葉だ。

羊は庶民、そして信徒の比喩だ。荒野で暮らす孤独な賎業に己を擬え、権威権力とは無縁な底辺の存在として、迫害に耐え苦難を乗り越え、衆生を救う決意を示された。

調べてみると、羊は案の定おとなしい草食動物だ。臆病で平和を好み、戦いは避け、防御行動は「逃げの一手」。危険に接するとパニックに陥り、身をすくませて固まる。

聴力同様、視力も良く、横に長細い目で頭を動かさず背面まで見ることが出来る。但し奥行きの知覚は困難で、距離感の把握や立体的な現状認識が苦手とか。

利口な羊は羊の仲間どころか人間の顔すら記憶して、表情から心理状態を識別する。顔色を読み、静かな「以心伝心」のコミュニケーションを好むらしい。

群れたがる習性があり、常にぞろぞろと仲間内で寄り添って行動し、集団から引き離されると強いストレスを覚える。先導者にひたすら従順な傾向がある。

こうした性格ゆえ飼育し易い。毛と皮は利用価値が高く、肉も美味しい。だからこそ、古代から理想的な家畜として愛され、長きに亘り豊かさや富の象徴であった。

ふむふむ、なるほどね、とここまで知って、ふと思う。何だか、羊って日本人に似てないか。いやいや、日本人が羊に似てしまったのか。敗戦で牙を抜かれて。

平和的でおとなしく、臆病で危険を恐れ、現状認識が苦手で、他人の顔色を読み、集団で群れたがる。従順で利用価値が高そうなところも、羊に共通する。

仮に日本が羊の国だとすれば、彷徨える群れの先頭に立ち緑豊かな草原へと導き誘う、神の知恵と深い慈愛に満ちた「善き牧者」こそが必要とされるのではないか。


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posted by yohkan at 06:04| Comment(33) | 指定なし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする