2021年05月03日

憲法なんか要らねえよ!

祝祭日の意味合いは何処へやら、いずれも単なる休日となった昨今。憲法記念日は黄金週間の一構成日に過ぎないが、どんな日だっけ?と振り返ってみるのも悪くない。

敗戦で打ちひしがれたわが国に、占領軍率いるマッカーサーが憲法草案を押し付けたのは1946年(昭和21年)秋。枢密院可決、天皇裁可を経て、新憲法が10月29日に成立した。

同法は11月3日に公布され、施行は6ヶ月後の翌1947年(昭和22年)5月3日。明治の元勲が練り上げた大日本帝国憲法を葬ったこの日が、皮肉にも憲法記念日になった。

方や公布日は「自由と平和を愛する」趣旨(?)で文化の日となる。11月3日、天長節あるいは明治節として日本国民が祝ってきた明治天皇の御誕生日は、暦からあっさり消えた。

国際法は戦勝国による敗戦国の統治を認めるが、現地の法律改変は禁じている。との主張をしばしば聞くが、占領政策の一環で、強引にヤラレちまったモノは致し方ない。

国会で審議了承した正式文書に御名御璽もあるじゃないか、と指摘されれば、グウの音も出ない。はいはい、日本人の手による新憲法でござんすよ、と頭を下げようか。

とは云え、敗戦で丸腰状態のわが国が占領軍の脅しに屈した経緯を思えば、憲法記念日に嬉しさなど微塵も感じない。先ずさっさと暦から消すべきは、この不愉快な祝日だ。

憲法も要らない。英国は成文憲法を持たずして、堂々たる法治国家として機能する。占領基本法そのままの屈辱的な憲法モドキを廃止して、一体、何の問題があるか。

大日本帝国憲法を復活させ、時代環境の変化に合わせて修正するのも一案だが、憲法改正が遅々として進まぬ現況を見れば、云うは易く行うは難しと分かる。

9条がナンチャラで、平和ガ〜、人権ガ〜と叫ぶ低脳パヨクどもを相手に、憲法論議は不毛の極み。いっそ、現行憲法をゴミ箱に入れ、慣習法で対処する方が余程スッキリする。


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posted by yohkan at 09:50| Comment(127) | 憲法・司法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする